クラシック音楽手帖

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触れてはならない禁断の音楽、ショスタコーヴィチ『交響曲第4番』

ショスタコーヴィチ交響曲の中でも、非公式のような妙な扱いをされている『第4番』のことについて、今回触れてみたいと思います。

 

1. 『第4番』まで

交響曲第1番』で華々しくデビューをして一躍世界中に名を知られたショスタコーヴィチは、そのあとに続く『第2番』と『第3番』の交響曲を政治寄りの合唱付き作品として発表して、まずまずの評価を得ています。

問題は、その後の数年間の政治がらみの不穏な動きでした。スターリンの血生臭いテロルがソ連国内で開始されるなか、ショスタコーヴィチのオペラ『鼻』への弾圧が起きてしまいます。それなのに、次作のオペラ『ムツェンクス郡のマクベス夫人』作曲時には「作曲家の職務宣言」と題して、近年の作曲が政治宣伝に偏りすぎではないか!と苦言を呈し、制約を受けない本来の作曲家としての在り方に戻るべきだと主張したのです(汗)。

ただでさえ消されかねない上に、追い打ちをかけるようにソ連の機関紙『プラウダ』に無著名(=党執行部(=スターリン!))の投稿として『マクベス夫人』に支離滅裂な作品とレッテルを貼られ、さらにはブルジョア寄り(ソ連の理想からすれば憎むべきもの)と批判されることになるのです。

 

 

2. 『第4番』撤収

そうした中で作曲された『第4番』は、「作曲家の職務宣言」の有言実行とばかりにプロパガンダからきっぱり決別して、西側の音楽を研究し吸収した音楽を目指して創作されました。理想に突き進んでいったショスタコーヴィチでしたが、後先のことはどうやら考えていなかったようです。すでに大粛清へと突き進んでいたソ連国内で、こうした創作活動は非常に危険きわまるものだったはずです。

『第4番』初演中止についてはいくつかの説があり、事実ははっきりしていません。ただ、リハーサルの段階で慌ただしく不本意に白紙撤回を余儀なくされたこと、その翌年に発表した『第5番』の大成功が作曲家の身の安全を守ったことだけは確かなようです。

もし『第4番』の撤収と『第5番』の成功がなければ、ショスタコーヴィチには間違いなく死もしくは追放の運命が待ち構えていたはずです。ショスタコーヴィチの身近な人たち(親族や友人)が次々と、様々な事情から粛清により追放もしくは銃殺されていた、そんな過酷な環境だったのです。

 

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3. 『第4番』復権

このように『第4番』は、プロパガンダに制約されない西側の語法を吸収した交響曲として、野心的な目的をもって作曲された作品でした。作曲家30歳の時でした。

その作品は撤収後しばらく公表されることなく、作曲家55歳となる1961年まで歴史から消えていました。『第4番』の存在しない歴史は、奇跡的に倉庫から発見されたパート譜によってスコアの再現により書き換えられることになります。すでにスターリンは没し、フルシチョフによるスターリン批判を経た「雪解け」の中で、『第4番』はようやく復権を果たしたのです。まさに政治の流れに翻弄された作品といえるでしょう。

 

 

4. どのような音楽?

音楽は「西側の」と作曲者自身が指摘する割には、幾何学的・無機的なきわめて非「西側的な」音楽に聞こえます。よくグスタフ・マーラー交響曲と関連づけられるものの、「西側」の亜流には決して収まらない音楽になっています。

特に際立つのは、旋律が有機的に展開して全体を構成するような聞こえ方ではないということ。巧みに変奏しているのでしょうが、異なるパッセージが入れ代わり立ち代わりして現れる印象があり、少し聴いただけでは楽章全体のつくりが見えない音楽です。これはブルックナーシベリウスとも共通する音楽のつくりです。この音楽語法の面白い点は、どこに音楽の楽しさがあるのかわからないのに、繰り返し聴いているうちにどうしてだか音楽として理解できてしまうという点です。私も最初はこれは音楽じゃなくて暗号じゃないかと、『第4番』をいぶかしく思って聴いたものです。

 

5. お薦めディスク

 前回詳しく紹介したノセダ盤は、『第4番』の中でも最新の録音です。

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それ以外にも、ハイティンクロンドン・フィルによる録音は、この音楽の無機的な性格を最大限に生かした面白い録音です。まるでメトロノームで計ったようなリズム感は、音楽性を損なうどころか、この音楽はこうあるべきと信じ込ませてしまう演奏です。私が最初に十年以上聞き込んだのが、このハイティンク盤でした。

 

 

 

初演者コンドラシン&モスクワ・フィルによる録音は音質は目をつむって、勢いのあるこれはこれで聴きごたえのある録音です。繰り返し聴いていたくなってしまう、とても中毒性のある盤です。

  

Symphony No. 4 in C Minor, Op. 43: I. Allegretto poco moderato

Symphony No. 4 in C Minor, Op. 43: I. Allegretto poco moderato

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ゲルギエフの場合は、2001年に録音されたキーロフ歌劇場管弦楽団との録音が、流れにうまく乗っていて好きな演奏です。コントロールがよく効いています。どちらかといえば西側をかなり意識したサウンドのように感じます。たぶん音を点と線としてではなく、やわな楽器の特性を際立たせることにより、音とテンポをソフトに崩しているからじゃないかと、ひそかに推測しています。各楽器の響きが興味をそそる、妙といえば妙な録音です。

 

 

 

(おまけ) 個人的な体験

私とショスタコーヴィチ交響曲第4番』との間には、奇妙な出会いがありました。今から遡ること30年近く前の1990年頃、学生時代の私は京都の古書店で『第4番』のスコアを見つけたのです。音楽に特化した古書店でもなく、いろんな本に紛れてその楽譜が陳列されていました。縦40センチはあろうかという大判の総譜は、書き込みもなくきれいでした。灰色の表紙でした。誰がどういう経緯で何を思って購入して、そのあと買取に出したのか、妄想は尽きません。

当時、『第4番』に関しては『ショスタコーヴィチの証言』からのエピソードが唯一の情報源でした。初演前に楽譜を回収してお蔵入りにしたこと、60年代に入ってようやく初演されたこと。この初演中止と復活は、作曲家とソ連国家権力との間のいざこざが背景にあるという、暗い過去を持ったものだっただけに、ひっそりと古書店に眠っていた楽譜に対する私の想いは複雑でした。

冒頭の高らかと鳴り響く旋律をギターでつまはじいた記憶には、この秘められた音楽に対するある種の冒涜的な、立ち入ってはならない神聖な領域への一歩のような思いがつながっていました。まだソ連崩壊に至っていなかった頃で、なおさら楽譜と見えない国との間の禁断の糸を感じたものです。

 結局、四畳半の部屋でギターでさらった程度で、度重なる引っ越しの末に楽譜は失くしてしまいました。

いまだに私にとっての『第4番』は、今は自由な時代になったけれども、聴くことへのためらいなくしては接することのできない、見えない制約に縛られた音楽のままです。

 

以上、ショスタコーヴィチ交響曲第4番』について、その悲運ないきさつとその音楽を中心にお伝えしました。