今回は、スカルラッティの音楽を聴くのが初めての方にも、気軽に楽しむことができるディスクを紹介します。
1.スカルラッティを知るまでが大変
ドメニコ・スカルラッティ(Domenico Scarlatti、1685-1757)には、現存するだけで500曲を超えるピアノ・ソナタがあります。500曲もあると、どれを聴けばいいのか迷ってしまいます。
そんなとき、ベートーヴェンの『月光』のように標題がついていると、わかりやすいですね。でも、スカルラッティはバロックの作曲家です。「心の中の具体的な何か、感情的な何かを音楽化した」ロマン派的な音楽ではありません。だから、特別な例外を除いて、標題は一切ついていません。
さらに、ヴィルトゥオーゾといわれるピアニストの録音が少ない現状があります。たまにカップリングで取り上げられる程度です。アルゲリッチやポリーニによる全曲スカルラッティのアルバムは、今のところ聞いたことがありません。
このようにスカルラッティを知るには、好きになるきっかけが極めて限定されています。私もスカルラッティといえば取っ掛かりがなくて、バロック音楽といえばバッハのほうが主流でした。
2.私がきっかけにしたアルバム
そんな私がスカルラッティへのきっかけにしたアルバムは、ナクソスから出たスカルラッティ全集からの一枚、Vol.1です。入門編として、値段も安く、それ以上にクオリティが高い一枚です。
Scarlatti, D.: Keyboard Sonatas (Complete), Vol. 1
この全集企画は、1999年のこのVol.1を皮切りに、まだ継続中です。この全集の特色として、三つ挙げることかできます。
- 使用楽器は現代ピアノで聴きやすい(原曲はチェンバロで作曲されています。チェンバロは弦を引っ掻いて奏でる楽器で、トゲのある響きが長時間聞いていると、耳障りに感じることがあります。その点、現代のピアノはソフトな聞きやすい音です)
- 各ディスクの演奏者が異なる
- 全集とはいえ、各一枚ずつの中で完結した構成をもつ(各ディスクの中で、カップリングされる音楽の選曲を工夫している。全集にありがちな羅列ではありません。不思議なことに、Vol.1の終曲になっているK. 446は、全体の後味を語るようなエピローグに最適な一曲です)
特に3番目のアルバム構成の特色は、音楽の無機的な羅列になってしまいそうなところを、うまくカバーしています。
Vol.1を担当するピアニストは、Eteri Andjaparidze。南コーカサスのジョージア生まれ、現在はニューヨーク在住でピアノ教師をしながら活躍しているそうです。シンプルなタッチで弾く、聴きやすい演奏です。私はこれで聴き込んでしまって、ほかのピアニストの演奏が入りにくいほど、いい演奏です。
3.スカルラッティのピアノ・ソナタの特色
スカルラッティのピアノ・ソナタはベートーヴェンの様式と同じではありません。難しいこと抜きで、以下のような音楽です。
- ほとんどが5分以内(気軽)
- 単一楽章の2部構成(AABB)(非常にシンプル)
- 異国情緒(スペイン風)(4曲目K. 450のような、歯切れのよいダンスのリズムや、調性の切り替わりなど。装飾的な音の形も、どことなく異国的)
- バロックとはいえ、感情的な豊かに歌う旋律(3曲目K. 544に聴くような、情緒豊かな旋律。12曲目の珍しく13分近くにもわたる曲は、静かなアンニュイの漂う一曲で、その静かな足取りは踏み込むたびに心が迷い込むような気さえします。14曲目のK. 246の単調でありながら、テーマを移ろわせつつ流れるその哀愁は泣かせ、少しドキッとする転調も魅力)
- もともとは練習曲(宮廷音楽家として、王女のためのチェンバロの練習曲として書き続けたものが大半)
このVol.1はBGMとしてかけてもよくて、ながらで作業するのに適しています。オリジナルでのチェンバロより、耳に優しく聴きやすいのもいいですね。