クラシック音楽手帖

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グリモー15歳のラフマニノフ、さよなら先入観

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これまでの四半世紀、エレーヌ・グリモーのデビューアルバムを知らなかったなんて、正直我が身を疑いました。知らないラフマニノフを、ようやっと体験することになりました。

そんなことも知らんかったんか?

はい・・・

 

1. モンスター級のアルバム

エレーヌ・グリモーHélène Grimaud)はフランスの現役のピアニスト。落ち着きのある風情のある、印象的な方です。このアルバムはジャケット写真の雰囲気からも分かるように、若い頃の録音です。90年代かと思いきや、なんと1985年の録音でした!

つまり、1969年生まれのグリモーにとって、当時15歳の録音なのです!日本の感覚でいえば高校1年生の年頃じゃないですか!

このディスクが彼女の初録音とのこと。

でも、年齢のことは音楽と切り離して考えておこう。鑑賞することに演奏者の年齢情報はあまり意味がない。

もうひとつ驚くことがあった。ここに収録されているラフマニノフ《ピアノ・ソナタ第2番》は、ディスク大賞を受賞しているらしい。かなり世間の評価を得たアルバムだったのです。

CD買うまで、そんな凄いアルバムだったなんて知らなかった。勢いのいい演奏だなあと、買った理由はそれだけ。

情報収集力、弱すぎだね。

 

 

 

15歳という事実と、世間の評価の高さというダブルパンチだけならまだしも、その雑味のない真っ直ぐな演奏に、一番「え!?」と思うことになるのです。

こんなラフマニノフは知らない。なにこれ?

ただただ引き込まれるばかりでした。収録曲は、次の3つです。

  1. ピアノ・ソナタ第2番 Op. 36
  2. 練習曲集《音の絵》 Op. 33
  3. 前奏曲 Op. 32から第2番、第12番

 

ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番

ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番

 

 

 

2. ラフマニノフの概念が壊れる瞬間

よく耳にするラフマニノフは、どこか疲れたような苦悩を伴うものです。よきにしろ悪きにしろ。

例えば、練習曲集《音の絵》第5番ニ短調は、奴隷のような境遇にありながらステップを踏むようなイメージが強くて(※あくまで個人の感想です)、苦悩の音楽だと思い込んでいました。

ところが、このグリモーの弾くタッチは軽くて爽快で、これまで思い込んでいたイメージとまったく真逆だったのです!

 

タッチが軽いといっても、パーヴォ・ヤルヴィベートーヴェン交響曲の軽さとは、意味合いは異なっています。パーヴォの軽さは聴取側に共感を誘わない冷たさを帯びている一方で、グリモーの軽さは目を逸らさせない引力を含んでいます。

どうしてなのか?

あくまで推測ですが、グリモーの演奏には「ラフマニノフ」イコール「悲運の音楽家」という、音楽史上の呪いが消えて、音楽だけで聴かせているからではないかと感じました。

 

世に知れ渡った作曲家になる条件として、音楽とは異なる副次的な要素があるというものがあります。特に、過酷な条件が作曲家にあるという情報とセットになることが多く見受けられます。

マーラーの錯綜とした生き方、ショスタコーヴィチの政治的立場など、音楽を聴く際に必ず情報として入ってきます。時には、そうした情報がなければ、音楽の解釈が難しいことすらあります。

ラフマニノフであれば、最初の交響曲の失敗と神経衰弱そして克服のこと、祖国からの亡命のこと、アメリカでの演奏で生計を立てていたことなど、どれも暗く避けがたい宿命的な話題ばかりが目立ちます。

 

それをよしとするかどうかは、あくまで聴く側の判断。とはいえ、その呪縛から解き放たれることは難しく、演奏する側もそうした副次的な要素を反映させたものが多く見られます。ラフマニノフの肖像写真の堅実そうな印象も、助長しているのかもしれません。

 

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グリモーの演奏するラフマニノフは、その点で革命的でした。

これまで語られてきたラフマニノフの神話を、すっかり忘れさせている!

どこまでも純粋に音楽的なラフマニノフを響かせて、その間を遮るものがない。

それが彼女の若さからくるものかどうかはわかりません。ふとグレン・グールドのバッハを連想します。一度消化して、グールド自身の言葉に置き換えたバッハ。古典的なバッハ解釈とは異なる、耳と指だけに立ち返ったバッハ。

グールドの姿勢とグリモーとは、消化しきった音楽という意味で共通しています。ラフマニノフへの原点回帰だと理解していいのではないか?と。

 

3.  《ピアノ・ソナタ第2番》

 ストレートな印象、これにつきます。《ピアノ・ソナタ第2番》の最初のフレーズだけでも、その感覚は際立っています。どうしてこれほどまでに見通しのきくラフマニノフが弾けるのだろうと、不思議な演奏です。聴くたびに音楽の記憶だけが、純粋に積み重なってきます。

第2楽章や第3楽章の出だしも、耳にすっと入ってきますね。坦々としたフレーズにも、情熱的なフレーズにもくどさがなくて、それでいて入り込む余地がしっかりとある感じ。技巧的な難しさも音から感じさせないのも特色です。

 

ラフマニノフの知らない一面を体験できる、グリモーのデビューアルバム。すでに35年を経た昔のアルバムですが、とても意義深い音源。

偶然聞いて衝撃を受けて購入した上に、これほど感慨深い演奏だとは予想もしませんでした。

やっと25年の空白を埋めれたっちゅうことやね。どんだけ流行から遅れてるねん。

まあ、楽しみはゆっくりと味わいましょう!

・・・。

 

ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番

ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番