クラシック音楽手帖

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クラシック沼の怖さを教えてあげよう

そうでございます。

世の中にはいろんな沼が散財、いえ散在しております。

プログレ沼、着物沼、ビンテージ沼・・・。そして身近な沼はクラシック沼と申します。

それはそれは深い沼でありまして、一足踏み入れるやいなや、魑魅魍魎がうようよと現れまして、沼深く引き摺り込まれてしまうのです。私もその一人でございます。

なんや、この芥川調のようわからん語り口は?!

よーく聞きなされ。キクヨどのの身にも降りかかるかもしれぬゆえに。

なんか憑りついとるな・・・。

 

 

 

沼には河童が多く暮らしておりましてな、バッハという河童のぼろ皮をかぶったグールドという河童は、私の牛車のステレオに十年余りも占拠して住みついておるのです。十枚分のMP3データを収めておる、たった一枚の皿が、十年のうち八割以上も牛車にとりつき続けて離れずにおります。姿の見えぬ唸り声は始終しております。どういうわけか、英国ものばかり、すなわち折角の十枚分は圧縮されていようかという皿のうち、二枚にも満たない分しか回しはせぬのです。この河童、どういう了見でございましょう。

また、プロコフィエフと呼ばれる河童は、私の成年に達した頃に吸盤のごとく憑りつき出し、五十に達した今でも離れる気配はございませぬ。変幻自在な生態をもち、神様のような無垢な時もあれば、もののけのごとき本性を剥きだすこともあり、朽ち果てた古木のように佇むかと思えば、きんきらきんの衣装とローラースケートで走り出すこともございます。いとも落ち着きのない河童で、さすがにこの河童は牛車に住み着くことはございませぬ。

 

かのような河童のうちには、何も申さずにいなくなる者もいます。姿が見えぬと思えば、次の瞬間、別の河童がその場所に居座っているのでございます。どうやら沼には無数の河童が住んでおって、空きスペースなぞ何処にもない。空いたと思えば別の河童が迷い込む。ベートーヴェンという気性の荒い河童が訪れたと思いきや、ふと見ると旅立って居なくなり、酒乱で物欲まみれのシベリウスという河童が座敷わらし数十人の保育園長として、うまく取り仕切っていることもございました。

どの河童も古い皮を貸し借りしているらしく、ある日チッコリーニという名だと申していた河童は、次の日には高橋悠治を名乗っていたこともございます。シャイーだと名乗っていた河童が、翌日はクナッパーツブッシュの名刺を配っていたりする。沼の外に暮らす者から見れば、どの河童も同じ顔だと伺いますが、沼にはまり込んだ私たちには億単位の河童の気配を感じております。

だって、そうでしょう。一匹の河童にはその生涯に変化する夢が多く蓄えられておりましてな、バッハに限っては千を数える変化自在の夢の姿を見せるのでございます。化けてしまえば、同じバッハはおりませぬ。さらにそれぞれの夢の姿に百以上の皮かむりの河童が群がっておるわけですから、世の中には見えざる河童が無数に潜みよるのです。

 

 

 

驚くのは数だけではございませぬ。ワーグナーという強欲な河童にいたっては数日も昏睡する夢を見せまして、その夢に酔い痴れたばかりに巨城すら建ててしまう沼の者すらいるという噂でございます。沼仲間でもああはなりたくありませんな。

 

ですがな、よう聞きなされ。オンラインサイトで河童と交流しようものならばですな、河童に何皿魅了されてしもうたかが分かりますのんや。私の某サイトひとつだけでも、なんと260皿40万なんぼも憑りつかれておりましたわな。それなら、あと二つのサイトと店舗を合わせますと、あら、優に千皿を越えますな。あな恐ろし。

極貧だった時分には、それらを四分の三以上売り払わねばならんかったのです。買うだけ買うて、万遍なく皿回しするわけでもなく、泣く泣く手放してもうて、それでも残った皿さえ沼の湿気で駄目になることもよくありましたな。河童の呪いは恐ろしいばかり。

 

往生するまでに果たしてすべての皿を回せようものかと、気後れしそうな大量の皿を見ては、病の床につくことも一度や二度ではございませぬ。世にはボックスセットというものもございましてな、一箱の中に百枚を超す皿がぎっしり詰まっていることもございます。フルヴェンとかアバドとか、もう河童の怨念ですな、あれは。殺生なものでしかございませぬ。その半分でも皿を回す前に、とっくに精気を抜かれてしまうものでございます。いっそ、いつ成仏してもいいように、箱に仏壇でもついてくれば気が楽ですな。

 

おっと、調子に乗って喋りすぎたようでございます。沼の河童に叱られぬうちに、失礼いたします。そうそう、先程のチッコリーニという河童は、よくサティの皮をかぶっては、海が苦手だと申しておりましてな。おかしな河童たちばかりですが、魑魅魍魎も不安だけは尽きないようでございます。私もそんな河童たちといるだけに、沼からは決して離れられませぬ。沼は私を呼んでいるのでございます。

河童はお前やん。

え?!

よう私の足引っ張って、ほんまに苦労しっぱなしや。

  

Satie: Piano Works / Songs

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