サミュエル・バーバー(Samuel Barber)という20世紀アメリカを代表する作曲家の作品CDを聴きます。
これは去年2020年にBISレーベルからリリースされたばかりの、新鋭のヴァイオリン奏者ユーハン・ダーレネ(Johan Dalene)の演奏。2000年生まれのヴァイオリニストで2019年録音だから、まだ19歳ですね。ジャケット写真もまだ若々しい少年らしさがあって、聴くまでは分からなかったけれど、将来的に展望のある演奏家です。
チャイコフスキーとバーバーのヴァイオリン協奏曲をカップリングした作品です。
ユーハン・ダーレネのヴァイオリンは、チャイコフスキーでもそうですが、色で例えればジャケット写真の樹木の幹のようなシンプルさがあって、非常に繊細で、変な主張が一切ない。ガシガシとも弾かないし、歌い過ぎることもない。ある意味、こうした響きが21世紀のスタンダードになりそうな印象がありました。
伴奏のオーケストラも「あれ?」と思うほどキレのいい演奏で、指揮者はダニエル・ブレンドゥルフという初めて聞く名前だけれど、調べてみると甘いフェイスの美しい男性です。ノールショピング交響楽団も初めてでしたが、1912年設立の歴史のあるオーケストラらしいです。ブロムシュテットや、なんとあの広上淳一が歴代指揮者に名を連ねてますね。
【参考】
ユーハン・ダーレネ公式HP(英語):Johan Dalene
ダニエル・ブレンドゥルフ略歴(プロフィール写真あり。英語):Daniel Blendulf | Biography & History | AllMusic
ノールショピング交響楽団(ウィキペディア):ノールショピング交響楽団 - Wikipedia
Johan Dalene plays Tchaikovsky and Barber Concertos
バーバーの協奏曲は出だしから非常に甘い旋律で、ちょっとウォルトンの協奏曲を思い出してしまう。危うさを伴った感情のうねりがすごく似ている。でも、ウォルトンの英国的なのと違って、バーバーの新世界らしさが際立っている。
具体的には、音に透明感があって、どこか冷めて世界の中を見ているような感覚。僕にとっては視覚的なイメージがあって、空だとか都市だとか青い色彩だとかが溢れてくる音楽だったりします。
当時流行りのセリーや新古典主義とは違って、音楽の旋律が豊かだから新ロマン主義に属されているバーバーだけに、小難しいことは考えなくて済むのが楽ですね。純粋に音楽を楽しめばいい点がバーバーらしい。
1939年という時代的にはナチスの台頭する不安定な頃。そしてバーバーは1910年生まれだから当時29歳の作品。神童というほどでもなく、どちらかといえば努力家の人だったから、この歳の作品でもまだ初期に位置している。
第1楽章がアレグロ、第2楽章アンダンテ、第3楽章は「Presto in moto perpetuo」でmoto perpetuoは速いテンポでずっと駆け抜けるみたいなイメージで無窮動(むきゅうどう)という聞き慣れない呼び方もします。全体的に俯瞰すると「急-緩-急」というバロック時代からの古典的な設定になっているのが分かりますね。
第1楽章のアレグロは、恋でもしているような、くすぐったくなる旋律が溢れている。バーバーってもっと堅いイメージを持っていましたが、意外ですね。イメージさせるスケールも大きい。
ソリストとオーケストラとの相性がとても面白くて、そのバランスや掛け合いを意識しながら聴くと、いかによく考え抜かれてスコアを書いたのかが分かってくる。
中間楽章のアンダンテは、完全に20世紀の響きをしていて、どこか回想的なノスタルジックな趣きがある。明るくはないんだけれど、広がりを感じる音楽で、その広がりは自然ではなくて都会的なものなんです。この流れがやがてウイリアム・シューマンにつながるんだなと、地図みたいなものも見えてきます。
第3楽章はどうやら無調で書かれているらしいのですが、テンポがとても速いから、言われないと気づかない。
この第3楽章には創作時のいわくがあるそうで、前の2楽章までは委嘱者の気に入られていたのが、最後だけどうしても技術的に難しくて弾けなかった。書き直せとまで言われたのに、バーバーは嫌だと断って、それなら金返せと依頼人が請求すると、バーバーはもう使い切ってしまった、とそんな風にもめたそうです。
バルトークの第1番も献呈した恋人に振られて死後までお蔵入りの欠番になったくらいだから、ヴァイオリン協奏曲って結構、鬼門みたいな要素があるのかもしれないですね。作曲家の皆さんは気をつけてください。
書き直せと言われた割には、今聞くと非常に個性的な音楽で、だからこそ聴きたくなるくらいなのですが。
以上、バーバーのヴァイオリン協奏曲を聴きました。ユーハン・ダーレネのヴァイオリンがあったお陰で、初めて楽しむことができて、とてもいい機会になりました。
最後までお読みいただいて、ほんとうにありがとうございました。