クラシック好きの休日

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未来風な音楽の理由~ウォルトン『ヴァイオリン協奏曲』『ソナタ』

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先日、「ウィリアム・ウォルトンすごいかも」という記事を書いてあと、頼んでいたCDウォルトンの『ヴァイオリン協奏曲、ほか』が届きました。シャンドスの、ジャケットも優雅でどことなく哀愁を含んだ未来世界を予感させるようなデザイン。

いいですね~。

 

 

ウォルトン(1902-1983)/Violin Concerto Etc: Mordkovitch / Latham-koenig / Lpo

 

まず『ヴァイオリン協奏曲』。理詰めで創る音楽ではなく、ウォルトンはやっぱり夢を見ようとしていますね。ヴァイオリンに絡む伴奏のオーケストラは、気圧の低い空気のように柔らかい。そして空の雲のようによく流れる。20世紀とはまるで違う。自由さが溢れている。演奏もとてもフィットした好演です。

 

そしてサンプリングから注目していた『ヴァイオリン・ソナタ』のオーケストラ伴奏バージョン。枯れたような魅力のあったピアノ版との大きな違いは、広がる可能性です。オーケストレーションは別のクリストファー・パーマーという広くアレンジャーとしてもよく知られた人だそうです。

参考: Christopher Palmer - Wikipedia

 

実は、このコンチェルトとソナタに漂う、得も知れない感覚には、それなりの理由があった可能性があります。それに気づいたのは、ブックレットの解説文でした。作曲家ウォルトンとアリス・ウィムボーン(Alice Wimborne)という名の女性の道ならぬ恋と、深く結びついた音楽であるようなのです。

 

理由はどうであっても、アートに溢れ出る未来的な感情は、美しく映像を想起させる力すらある。世の中には当時の争乱や恋愛沙汰にまみれて生み出されたまま、背景を時間が消去した作品は山のようにあるのです。そして、遺された「希望」という作品を楽しめばいい。

 

少なくとも、コンチェルトにもソナタにも、そうした事情があった。だからこそ、豊かな情感が新鮮な風に乗っていた。それがこれらの作品の持つ力の存在理由だったことは、否定しようがありません。無から無理やり書いた無機的な創作ではなかった、その真実だけは、しっかりと受け止めていいのではないでしょうか。

 

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