クラシック好きの休日

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政治的亡霊はどこまで憑りつく?ショスタコーヴィチ『交響曲第12番』

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ショスタコーヴィチには世間的に評価の高い交響曲と、そうでない交響曲がある。

彼はソ連体制との微妙な関係を、時には挑発的になりながら、時には弾圧を意識しながら作曲に取り組んでいました。

彼に関する伝記には、『交響曲第12番「1917年」』は共産党員に強制的に入党させられたことと深く関連しているとあります。革命歌も取り入れられ、レーニンを称える交響曲として設定されているらしい。

世間的に評価の低い交響曲『第12番』は、弾圧に屈した作品として評判が著しく悪い。それを証明するように名盤も極端に少ないですね。どの指揮者も、見なかったことにようにするかのように、軽くいなしている気がします。

 

それでも一枚だけ、私が貧乏な時でも中古屋さんに手放さなかった、これぞという『第12番』のCDがありました。指揮者ムラヴィンスキーレニングラードフィルを振って、1984年にデジタルライブ録音したものでした。

 

たいていのオーケストラは遠慮がちに力なく演奏するこの音楽を、ムラヴィンスキーは圧倒的な自信を加味してアップテンポ気味に演奏していきます。レニングラード特有の金管の響きも力強くバックを支えています。

このムラヴィンスキーのCDの一番の強みは、ライブ録音だという点にありそうです。1984年といえばまだアメリカとソ連は冷戦時代。そんなギスギスした時代の空気を背景に、観客の緊張と切磋琢磨しながら、想定以上の音楽効果を得ることに成功している。それがこのムラヴィンスキーの指揮する『第12番』なのです。

アレグロ部のぐいぐい来る勢いもさることながら、アダージョ部の音には冷たい空気がありありと刻印されている気がします。呪術的な録音といっても違和を感じません。

 

でも、ショスタコーヴィチの音楽は、いつまで政治の亡霊を背負わなくてはならないのでしょうか?ソ連の歴史が根底にあって、その上に右往左往する作曲家がいて、中には不本意に思う作曲家もいて、創作作品の中に隠された意味を含ませ活動したのがショスタコーヴィチだといわれれます。

たとえ『第12番』が望まない背景を持つ作曲だったとしても、私が聴いたこのムラヴィンスキーの演奏には、確かに音楽が息づいている。いつの日か、音楽が政治背景など諸々を忘れた時に、『第12番』はもう少し愉快に楽しまれてもいい交響曲だと思います。

 

 このムラヴィンスキーの指揮するCDは、ソ連のレコード会社メロディアにより録音されて、ビクターが日本国内で発売した盤です。ブックレットは、紙質も優れています。買ってから長年経つ割には傷まなかった。そんなところに、売る側の本気度がうかがえますね。