クラシック好きの休日

隔日更新。特にクラシック音楽と本について。

砂漠へ、夜へ~沼野雄司『エドガー・ヴァレーズ』を読む(後半)

大著、沼野雄司『エドガー・ヴァレーズ』、やっと読み切りました。前半は以下のように、不思議な人生の橋を渡っていく奇跡的な人だったのですが・・・。さて。

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第5章から雲行きが怪しくなります。思考が古代神話や政治的な(メキシコの左派との)バックボーンを匂わせだす。音符と格闘するよりも、まずイメージありきな創作活動が目立ちます。

ニューメキシコ州の先住民の間に伝わる、太陽が人々から崇拝されなくなり輝きを止めるという伝説を知った」(沼野『エドガー・ヴァレーズ』p. 213)ことをきっかけに、魔術的なものへの希求が芽生えて、ついに『ひとりぼっち/天文学者』という壮大な舞台作品プランを打ち出す。そして旧知のアントナン・アルトーが台本を担当するに適任だと考え、依頼する。でも、アルトーはただでさえ病身で多忙なのに、ヴァレーズの音楽さえ聴いたことがない。それでも催促されながら律義に、どことなく不穏な終末感漂う台本を送ってくれたものの、「神よ、私の『天文学者』はどこにいった?」(同p. 222)と気に入らない様子。ヴァレーズのなかでは、こんな風に展開して欲しいというプランがあるだけに、よほど意気投合して綿密に話し合って共作しない限り、作曲家の望む台本はできるはずがない。46歳頃からよっしゃと取り掛かって、52歳頃にこりゃだめだとなっている。

油の乗り切った年頃に勿体ない時間のロス。さすがにその後数曲にも満たない小品を公表して、これで懲りたかと思いきや、今度は合唱付きの理想高い交響的作品『空間』を思いつく。政治運動に多忙なアンドレ・マルローにテクストを依頼して待ちぼうけを食らい、ヘンリー・ミラーにお願いするも、どうも雲行きが怪しい。53歳から64歳まで、新作も発表せず『空間』でもたもたしているうちに、結局『空間のためのエチュード』で試作品どまり。またもや時間のロス。

作曲家って自分自身で台本を書いてしまうワーグナープロコフィエフのような人もいる。だから、ヴァレーズ自身が全部監修して書いてしまえばいいものを・・・。不思議と人任せなんですねえ。イメージは有り余るほど持っていたので、すごく勿体ない。

 

やがて時代が機器に満ちてきたことが刺激になって、映像との壮大なコラボを意識した『砂漠』を思いつく。これは先に管打楽器音楽を作曲したからよかった。でも、ウォルト・ディズニーに映像を打診して断られる。先に打診するのが筋ですが、もしそうしたら『砂漠』自体作曲されずに没になっていただろう。やむをえず方向転換をして、ピエール・シェフェールのミュージック・コンクレートと合流、サンプリング音を取り入れたテープ音楽とのコラボとしてかろうじて完成に至る。

 

ブリュッセル万博に合わせて音響を担当した『ポエム・エレクトロニク』も、ル・コルビュジェの強力な推しがなければ、スポンサーから外されていたところだった。現場の音響スタッフとの共同作業がスムーズにいかないのだ。

 

77歳の時、アナイス・ニンのテキストによる『ノクターナル』に着手するが、未完成稿のまま演奏会を迎え、その後82歳で没するまで書き直しを繰り返すが、結局仕上がることはなかった。

 

チャールズ・アイブズをはじめとする資金援助、妻ルイスの翻訳業での稼ぎがなければ、彼は作曲では食べていけなかった。ラフマニノフシェーンベルクストラヴィンスキーも、作曲だけでなく演奏での収益や出版などで稼いでいたのに対し、ヴァレーズは夢ばかり見ていることが多い。

創作が上手くいかないまま、歳をとっていったヴァレーズ。その周囲でうごめく、著名で器用な音楽家たち。この伝記に描かれている、器用とはいえない作曲家ヴァレーズの偉業は、多くの同時代人の協力で生き抜いた、ヴァレーズとその仲間たちの伝記のような印象さえする、不思議な一冊だった。

 

エドガー・ヴァレーズ: 孤独な射手の肖像

エドガー・ヴァレーズ: 孤独な射手の肖像

  • 作者:沼野 雄司
  • 発売日: 2019/01/07
  • メディア: 単行本
 

 

 もし、ヴァレーズの音楽にご興味があれば、シャイーによる全集がおすすめ。

Varese: Complete Orch Works

Varese: Complete Orch Works

  • アーティスト:Edgard Varèse
  • 発売日: 2004/02/09
  • メディア: CD