クラシック好きの休日

隔日更新。特にクラシック音楽と本について。

才能は人脈か~沼野雄司『エドガー・ヴァレーズ』を読む(前半)

この伝記、相当の意欲作で大部(本文だけで500ページ近く)なので、感想を前後に分けて書くことにします。沼野雄司『エドガー・ヴァレーズ:孤独な射手の肖像』(春秋社)です。出版が2019年1月で、情報はまだ新しい。

全9章のうち前半の4章までの前半生をやっと読み進んだところ。それでもヴァレーズという人物の異様な人脈と生き方、そしてアバウトさに圧倒されまくりです。

 

読んでいてはっきり思った。彼は天才ではない。ペンライトを持たせれば映画フィルムでデッサンを描いてみせるピカソのような、フレキシブルな才能を、ヴァレーズはおそらく持ち合わせていない。

読み進めるほど、本当にこの人は作曲をまともにできるのか不安にすらなる。音楽院での素行も良くない。交響詩ブルゴーニュ』という若書きの作品を各所に見せて回るが、それ以外に披露できるようなものはない。

 斬新なアイデアは浮かぶらしい。そのアイデアも電子を媒介した楽器を使うとか、そういった物理的なアイデアであって、溢れんばかりの旋律ではない。作曲する筆も遅い。

 

ところがこの男、人脈だけは恵まれている。ロマン・ロランに魅入られたり、エリック・サティと親交を持ったり、ドビュッシーにも気に入られている。

 

さらに不思議なことは、この青年がどうやって生計を立てていたのかという点だ。ここに人脈が深く関わり、金銭的に支援してくれる人が絶えなかった。作曲家としてほとんど実績のないにもかかわらず・・・。指揮者としても、たいした実績もなく・・・。

 

そのうち第一次世界大戦が勃発し、ヨーロッパを離れて渡米する。そこにひとつの謎がある。年齢を詐称して渡米している。なぜか?著者は残された記録を検証して、ヴァレーズの自己保身的な結論を引き出している。一体、ヴァレーズという男には誠実さがあるのかどうか・・・。嗚呼。

新天地では、現代作品に特化したオーケストラを組織して失脚したり、国際作曲家連盟(ICG)という現代作品のアメリカ初演だけを目的とした団体を一時期だけ立ち上げたり。ヴァレーズ自身の作品も初演に含めることで、作曲家としてのキャリアは徐々に見えるようになった。その点では成長である。

 

ここまでざっと読んで、ヴァレーズの才能は人脈だったんじゃないかとさえ思えてくる。詐欺師に近いほどの離れ業を繰り返しながら、自身も人脈を利用する側から提供する側(ICGでの新人の紹介)に身をかわしていく。

アメリカ』は私も好きな作品でよく聴くほうだが、ここまで作曲作業に不器用な、天才的でない人だとは思ったこともなかった。むしろ、その肖像写真の相貌がマッドサイエンティストすぎて、書いて書いて書きまくるベートーヴェン風な作曲家だと思っていた・・・。嗚呼。

 

伝記としては偉人失格伝だけれど、沼野さんの執拗なまでの資料収集が豊富で検証も重ねられて信頼度は最高度。当時の音楽シーンを垣間見るだけでも、貴重な証言つき資料だと思います。文章も読みやすいしね。ヴァレーズで、ここまで突っ込んだ本は、今後百年たっても、もう出ないでしょう。

(後半へつづく)

 

エドガー・ヴァレーズ: 孤独な射手の肖像

エドガー・ヴァレーズ: 孤独な射手の肖像

  • 作者:沼野 雄司
  • 発売日: 2019/01/07
  • メディア: 単行本