クラシック好きの休日

隔日更新。特にクラシック音楽と本について。

逃避行は楽園か?~大江健三郎『個人的な体験』

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大江健三郎が新作を発表しなくなって久しい。もう書かないのかもしれない。さびしい。

大江健三郎『個人的な体験』を引っ張り出してきて読む。

大江さんの文章は、非常に率直な描写に徹している。軌道を規則正しく走り続ける鉄道のような印象がある。車窓のような一点から見える景色を描くスタイルもシンプルで、バックカメラやドローンカメラのような映像のレイヤーはない。主人公である鳥(バード)の視点で体験する小説。

 

頭部に異常がある赤ん坊と対峙することを放棄して、愛人のもとに逃避するバード。次々と現実が切り離されていくバード。

逃げることは簡単か?そうでもない。逃げるためにはそれなりの手続きが必要だし、これまでつながっていたものを一本々々切っていかなくてはならない。正当化するために自分を誤魔化すことも必要になる。バードが楽園のように思うアフリカ大陸旅行を実現する口実にすらなってしまう。これは狂気ですらある。

だから、バードはどんどん追い込まれ、閉ざされた立場を選択せざるを得なくなる。

ほぼ全編がそういった立場の主人公に、心理的に同化するのは困難かと思いがちだが、善悪の価値観、罪と罰を現実的に希釈して描いていることで、実はそんなに辛くなかった。大江さんの描く物語の、これは重要なトリックかもしれない。

 

あとがき《かつてあじわったことのない深甚な恐怖感が鳥をとらえた。》にも断ってあったが、これは「私小説」ではない。作家を取り巻く状況に触発されながらも、恥じることなく闇を描きながら、当時の大江さんの見た夢の解決のひとつだった。ピンチランナー調書』『空の怪物アグイー』なども別の経緯をたどった、同じ問題意識を核とした小説だという。

 

本は出会いがあってつながることがよくある。『個人的な体験』も、実は最近読んだ科学書(といっても2007年刊行)でセス・ロイド『宇宙をプログラムする宇宙』早川書房)のあとがきに引用されていたのをきっかけに、引っ張り出してきたのでした。しかもその引用は、科学者の個人的な友人の死を語る際に、突如現れたものでした。外国でも読まれているんだなあ、とこっそり驚いた。

何かのご縁ですね。 

 

個人的な体験(新潮文庫)

個人的な体験(新潮文庫)

 

 

 

大江健三郎全小説 第5巻 (大江健三郎 全小説)

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