クラシック好きの休日

隔日更新。特にクラシック音楽と本について。

一気に読むのがおすすめ~絲山秋子『御社のチャラ男』

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御社のチャラ男』というタイトルの新作連載を書くぞと絲山秋子SNSで発信した時、「この語呂はなんじゃこりゃ」と 呟いた。

私は連載誌は読まないほうなので、単行本化を待って読んだ。

こればっかしは単行本化後で正解だった。一気に読むほうがいい。

 

マルチアングルからの主人公

ひとりの男がいる。食品会社で管理職に抜擢された、通称チャラ男だ。彼についての描写をするとき、絲山さんはソロアングルを採用しない。なんと、部下から上司まで会社の同僚の証言をつなぎ合わせる、マルチアングルを採用する。

人によって抱く印象は様々だ。好感を持つ人もいれば、疑心暗鬼の人もいるのが世の常だ。それを口に出して伝えるかどうかは、この現代では期待できない。みんな寡黙で、どうやら証言だけは口達者らしい。しゃべるしゃべる。なんでそんなにしゃべる?

別にジグソーパズルのように絵柄が完成していくような話の流れではない。だから、証言ごとに謎がひとつひとつ解決していく探偵ものではない。絲山さんはとにかくマイクを向け、おまえもおまえもとしゃべらせる。

掲載発表時の一か月一話ごとで読んでいくと、ソロアングルが主張してしまう。この証言集はマルチアングルだからこその愉しみに漬かりたい。Aという視点、Bという意外な視点、Cという辺境のような視点、様々を読み比べて、通称チャラ男の像を作り上げていく。そのためには、どうしても一気読みなのだ。

 

チャラ男の無限増殖

これを読むにあたって、どうしても意識したのが、私の好きな川上弘美ニシノユキヒコの恋と冒険』。ひとりの男をめぐってのたくさんの女たちの回想録という構成だった。『ニシノユキヒコ』との大きな違いは、川上さんは恋愛、絲山さんは会社に徹していたこと。だから、『ニシノユキヒコ』は悲しく不透明だったのに対し、『チャラ男』はリアリティに溢れ彩られる煩悩。淡い没落に対して、砂糖水のような没落。

 

ほら、砂糖水って飲んじゃ体に毒だってわかってるけど、弱ってるときに家族の目を盗んで作っちゃいますよね。飲んでしまえば、欠けていたものが補われて満たされる。「チャラ男って本当にどこにでもいるんです」と本文中の証言にある。そう、その甘い毒はいつでもカクテルされて、いろんな形で没落が繰り返される。 『ニシノユキヒコ』は唯一彼一人だけど、『チャラ男』は複数形。だって、砂糖の甘さは無尽蔵ですから。

 

『御社のチャラ男』を絲山文学では現在最高峰だと私は言い切っている。『末裔』がそれに次ぐ。

 

御社のチャラ男

御社のチャラ男

 

 

ニシノユキヒコの恋と冒険 (新潮文庫)

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