クラシック好きの休日

隔日更新。特にクラシック音楽と本について。

「そういうものだ」と一味違う~『カート・ヴォネガット全短篇』

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カート・ヴォネガットといえば、「そういうものだ」と人生を割り切っていくイメージが先行していた。私の中では。私がこれまで読んだのは『スローターハウス5』と『猫のゆりかご』『スラップスティック』『ガラパゴスの箱舟』と限られた長編小説ばかりだった。だから、今回短篇集を読むことで、「そういうものだ」では割り切れない意外なヴォネガットと出会うことになった。

 

近年、早川書房から『カート・ヴォネガット全短篇』が刊行されている。全4巻。

元来、アメリカで編纂されたものの邦訳とのこと。

いくつかのセクションに分けてテーマを設定してある。

  1. 戦争(第1巻)
  2. 女(第1~2巻)
  3. 科学(第2巻)
  4. ロマンス(第2~3巻)
  5. 働き甲斐 vs 富と名声(第3巻)
  6. ふるまい(第4巻)
  7. リンカーン高校音楽科ヘルムホルツ主任教諭(第4巻)
  8. 未来派(第4巻)

今回、読んでみたのは第2巻。セクション分けされているといっても、ヴォネガットが意図した線引きではなく、あくまで目安。

 

冒頭は、「ジェニー」は女性の姿かたちをした冷蔵庫と開発者の話。特殊な靴にアコーディオンのような仕掛けで足指を使って動作や発声を巧みに操作して、各地で販売促進活動に一役買って回る。そもそもジェニーという冷蔵庫は、歪んだ愛情そして現実逃避が具現化したもの。そして、ジェニーのオリジナルとの邂逅と現実への回帰に向かっていく。

いきなり唸ってしまった。多岐な読み方ができて、深くていい後味が残る。

ジェニーに関して掘り下げれば、いくつもの問いが出る。どうして開発者ジョージは名声を捨てて、ロボットと掛け合いの販売促進に半生を費やしたのか。どうしてジェニーのオリジナルだった元妻を置き去りにして、ロボットとだけ向き合ったのか。

AIの問題とも無縁ではない。仮想現実との向き合い方とも通じ合う。私自身の生き方とも絡め合わせたくなる。わずか20ページの短篇で、読書感想文が、レポートが書ける。

 

そんな短編が第2巻だけで25編詰まっている。

幸福な気分に浸れるマシーンとその真価を問う「ユーフィオ論議」、過去の想い出に固執するあまり走馬灯ように繰り広げられる臨死体験を切望する「ティミッドとティンブクツーのあいだ」など、結構読み応え十分。

 

「そういうものだ」ではない、しっかりと現実と向き合ったヴォネガットもいいものだ。