クラシック好きの休日

隔日更新。特にクラシック音楽と本について。

音楽志向のヒントを含む~『村上朝日堂 はいほー!』

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村上春樹『村上朝日堂 はいほー!』(新潮文庫)を再読了。これもだいぶん以前に読んだので、ざるのように内容は記憶から落ちていた。1989年刊の30年以上昔のエッセイ集。さまざまな話題が扱われるが、中でも気になったのは音楽に関する話題だった。村上春樹を読むうえでの、意外と重要なエピソードが含まれていた。

 

1.そんなにオペラが好きだったとは

オペラの夜」には中高生の頃からちょくちょくオペラを堪能する話が出てくる。高校生がオペラを聴きに行くなんて、そこそこいない。じゃ、オペラのどこが良かったのか?理由なんてなくて、とにかくすごいんだ(ハイホー)とヴォネガット流にごまかす。

僕らがオペラにひかれる最大の理由は「無駄づかい」ではないかと思う。(P. 161)

オペラにかかる時間や労力、「非日常性への埋没」という感性の無駄づかい、それを希求するのだと村上さんは主張する。

そういえば、村上さんの小説にはよくオペラの題材が出てくる。『ねじまき鳥クロニクル』に「泥棒かささぎ」、『騎士団長殺し』に「ドン・ジョヴァンニ」といった具合に。虚構の中にまで埋没していくオペラのパワー。

作家になってから海外での公演に積極的に足も運んでいるとも。安い座敷席で数百回同じ演目を見続ける人もいる、というくだりを読むと、海外のオペラって日本人のもつ感覚と違うかもと気づいた。

思わず森光子の舞台「放浪記」を繰り返し観に行く人たちを連想した。劇団四季でもいい。オペラは日本では高貴で高価でチケット代だけで目が回りそうなくらいだが、海外ではピンキリ。高額な席もあれば数百円程度の席もある。これまで高いチーズを食べたくても食べれなかったなあ、と高額の関税をくやしがる気分をなんとなく味わった。

 

2.死とレコード

エッセイには他にも、お気に入りのジャズの話題「LEFT ALONE(ビリー・ホリデイに捧げる)」、衝撃を受けたロックの話題「ジム・モリソンのための「ソウル・キッチン」がある。それぞれの次元に埋もれて語る村上さんは、またオペラとは違った魂の奥深くへと出かけていく。シンガーの死や周囲のプレゼントしたかった知人の死(「ささやかな時計の死」)ともつながって、再び定型のレコードの姿に戻る。

つまり、村上さんはどこかでなんらかの音楽のつっかえ棒がなければ、今とぜんぜん違った小説になっていただろうし、書くエネルギーすら保てなかったかもしれない。

 

そんな感慨に耽ることのできるエッセイ集だった。もちろん、「はいほー!」レベルのざっくりした語り口で面白かったです。

 

村上朝日堂 はいほー! (新潮文庫)

村上朝日堂 はいほー! (新潮文庫)