クラシック好きの休日

隔日更新。特にクラシック音楽と本について。

北杜夫は家族がいたからこそ北杜夫だったんだな

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昨晩、寝る時間を忘れて読んでいたのが『パパは楽しい躁うつ病』(新潮文庫)。朝の3時まで寝ずに読み切った。こんなに夢中になったのは久しぶりだ。

作家北杜夫と娘さんの斎藤由香との対談集。娘の目線からの北杜夫像を楽しめる一冊。

屈託ないインタビュアー斎藤由香さんは、娘だからこそ何でも訊いていく。あまりのことに「・・・」と絶句することもある。インタビュイー北杜夫の記憶違いを指摘もする。家族だからこそ可能な、思い出話風インタビュー。

奥さんとの思い出を綴った『マンボウ恐妻記』とも重複するエピソードも出てくるが、娘という第3の新しい視点がおもしろい。『恐妻記』既読者は、勿体ないほどの「あとがき対談」のつもりで楽しむといいです。なかなか読めないナマの声ですから。北杜夫ものとしては珍しく、古い家族写真も多数掲載されていて、「若かった頃の北杜夫はめちゃいい男」とオジサンながら嬉しかった。特に、赤ん坊の由香さんを抱っこしているp. 21の写真。

躁状態にたくさん書いたという、奥さんへのメモ内容もたくさん紹介されていた。家族の中で生きるエンターテイナーみたいな趣きだったのかも。憎しみというより、笑わそうとしている夫の姿が垣間見える。こちらも一部写真で書かれたものを掲載されていた。すごい貴重すぎ!

そうそう、一番肝心な「躁うつ病」については、家族は大変だけれども、それはそれで家族も楽しんでいたような雰囲気もある。もちろん躁になると必ず始まる株騒動は、ついに自己破産して家族を犠牲にしたけれど。日本から独立宣言した際は、その式に参列する由香さんの笑顔(p. 111)が、『パパは楽しい躁うつ病』のタイトルを象徴している。普通、「いい年した大人が恥ずかしいからやめてよ」と反抗期まっしぐらになりそうなところだが。確かに楽しんでる!

そして極めつけは、奥さんの達観である。躁うつで自分勝手に振舞う夫を、最初こそは別居だったものの、途中からデンと戻ってきた時の、その達観の「ことば」だろう(p. 70参照)。あれは斎藤家に嫁に来た奥さんだからこそ実地で学んで言えたのだろうが、世の中の悩むご家族にも(躁うつ病に限らず)役立つ一言かもしれない

北杜夫は家族がいたからこそ北杜夫だったんだな、そんな気さえする。

「あとがき」のあとに「父との最後の散歩」と題された平成21年刊の単行本になかったはずの短い文章が追加されている。この文庫本は平成26年刊行。その3年前の平成23年にパパ北杜夫は亡くなっていた。とんでもないキャッチコピーを送りつける笑い話もあるが、最後の最後に医療体制を悔やんでしまいたくなるような最期のエピソードが、北杜夫ファンとして心痛かった。

北杜夫の作品が電子でもいいので(できれば気軽に紙がいいけど)、21世紀にも語り継がれていって欲しい。

 

パパは楽しい躁うつ病 (新潮文庫)

パパは楽しい躁うつ病 (新潮文庫)